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水戸地方裁判所 昭和49年(レ)24号 判決 1976年4月20日

控訴人(附帯被控訴人・被参加人)

橋本むめ

外一名

右両名訴訟代理人

為成養之助

被控訴人(附帯控訴人)

行本嘉吉

当審参加人

行本五十男

右両名訴訟代理人

野口利一

脱退被控訴人(附帯控訴人)

行本勢吉郎

主文

原判決中、控訴人(附帯被控訴人・被参加人)両名の敗訴部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)および参加人の請求をいずれも棄却する。

附帯控訴人(被控訴人)の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一審および第二審における参加人の参加前に生じた費用は、これを二分してその一を被控訴人の負担とし、右参加後に生じた費用は、これを二分してその一を被控訴人の、その余を参加人の各負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因(一)および(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、まず債務不履行による賃貸借契約解除の主張について判断する。

(一)  請求原因(三)および(四)の事実は、昭和四四年六月一日の時点で従前の賃料額が不相当に低額となつていた事実を除いて当事者に争いがない。

(二)  借家法第七条第二項の規定によれば、賃料の増額について当事者間に協議がととのわないときは、借家人は右増額を正当とする裁判が確定するまで相当と認める賃料を支払えば足りる旨定められ、右趣旨は、借家人は自己の相当と認める賃料額を支払えば、仮にその後これを越える賃料を正当とする裁判が確定したとしても右両者の差額について債務不履行の責を負わないものと解されるところ、控訴人むめは、昭和四四年六月から昭和四六年六月まで従前の賃料である一か月金一五、〇〇〇円を供託したのであるから、その間の被控訴人および訴外勢吉郎が増額請求し賃料額との差額一か月金一〇、〇〇〇円の不払は、控訴人むめの債務不履行を構成しない。

次に、控訴人むめが昭和四六年七月から同年一〇月まで四か月分の賃料を、被控訴人および訴外勢吉郎がした催告の期間内に支払わなかつたことは当事者間に争いがないから、この点に関する抗弁(一)を検討する。

控訴人むめが従前から賃料を数か月分一括して供託してきたことおよび同人が右催告期間後の昭和四六年一二月六日に同年七月から一〇月まで四か月分の賃料合計金六〇、〇〇〇円を供託したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、控訴人むめは前記催告の到達する以前の昭和四六年一一月一五日に、司法書士に同年七月から一〇月まで四か月分の賃料合計金六〇、〇〇〇円の供託手続を依頼してあつたが、司法書士の供託手続が遅れたため、前記のように催告期間後に右賃料が供託される結結果となつた事実を認めることができる。

右認定事実によれば、控訴人が催告期間内に昭和四六年七月から一〇月までの賃料を供託しなかつたことについて、同人にやや慎重さを欠いた点が認められるが、結局同人は、右賃料を支払う意思および能力があつたにかかかわらず、手続上の過誤によつて供託が遅れたものと考えられ、しかも催告を徒過した期間も短期間に過ぎないことを考慮すれば、この程度の賃料債務不履行は未だ賃貸人との間の信頼関係を破壊するものではなく、これによつて賃貸人に契約解除権を生じさせるものではないと解せられる。

(三)  そうすると、被控訴人および参加人の債務不履行による契約解除の主張は採用できない。

三次に、申入れによる解約の主張について判断する。

(一)  被控訴人および訴外勢吉郎が控訴人むめに対し、昭和四七年六月二八日到達の書面で本件建物部分(一)の賃貸借契約を解約する旨申入れたことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、右解約申入れが借家法第一条ノ二所定の正当事由に基づくものであるかどうかを以下に検討する。

1  賃貸人側の自己使用の必要性等

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 訴外勢吉郎は、前記のように昭和二四年一二月本件建物部分(一)を訴外橋本喜久雄に賃貸し、またその後、本件建物の一部(原判決別紙図面中「田所イネ店舗」とある部分)をも他に賃貸したため、本件建物のうち自己使用できる居室は八畳と六畳の二間を残すだけとなつたが、そこで妻および末子の参加人とともに居住し、主として家賃収入により生活していたところ、昭和三四年ころ参加人が写真技術の修得のため東京に出て、昭和三八年ころに妻と離婚したのちは、本件建物で一人暮しをするようになつた。なお、被控訴人は訴外勢吉郎の三男であるが同人とは従前から別居し、独立の生計を営んでいた。

(2) 参加人は、昭和四〇年ころ、当時既に七〇歳を越える高齢となつた訴外勢吉郎の世話をするとともに、それまで修得した写真技術を生かして写真材料商を開業するため本件建物に戻ることになり、そのころから訴外勢吉郎は、本件建物を各一部ずつ賃借する控訴人むめおよび訴外田所イネに家屋明渡しの交渉を始めたが、同人らに拒否されたため、参加人は、本件建物の中央部分にある間口約1.81メートル、奥行き約5.73メートルの通路部分にシヨーケース等を置いて店舗とし、昭和四一年三月ころ写真材料店を開業した。

(3) 右開業の当初、参加人は訴外勢吉郎と本件建物に同居したが、昭和四七年一月に参加人が結婚したのち、同人夫婦は本件建物から約五〇〇メートル離れたアパートを賃借してそこへ移り、さらに同年一一月に同人夫婦に子が生れたのちは、参加人がその妻子とともに本件建物に戻り、訴外勢吉郎が右アパートに移つてそこから毎日本件建物に通い食事等の世話を受けるようになつた。

(4) 参加人は、右写真材料商を営業するため、前記のように本件建物のうち通路部分を店舗にしたほか、従前居室として使用していた六畳間を写真器材や商品の置場とし、また物置を改造して現像室に使用し、残る八畳一間を居室として妻および二人の子とともに生活しているのであつて、営業成績は昭和四七年度の年商金一、二〇〇万円程度をあげ一応順調ではあるが、店舗が狭隘なため客の応対にも不自由しており、さらに、訴外勢吉郎の居住するアパートの賃料として昭和五〇年現在一か月金一五、〇〇〇円、営業用自動車の駐車場費用として一か月金七、〇〇〇円の各支払を余儀なくされている。

2  賃借人側の建物使用の必要性等

訴外橋本喜久雄が、昭和二四年一二月に本件建物部分(一)を賃借して以来同所で電気器具販売業を営み、その後控訴会社を設立して右営業を会社組織にしたが、実質上は同訴外人の個人営業であつて、昭和四三年に同訴外人死亡後控訴人むめが右営業を引き継いだことおよび控訴人むめが下館市田谷川西丙一八番一〇宅地99.17平方メートルを所有し、同地上に同人の次男訴外橋本晴次名義の鉄骨および木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅兼倉庫床面積一、二階とも57.96平方メートルの家屋が所在すること、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 本件建物は、国鉄水戸線下館駅から北方約二〇〇メートル、同駅から南北に通ずる通称稲荷町通りに所在するが 同通りは下館市内最高の繁華街であり、昭和二四年以来同所で営業を続けてきた訴外橋本喜久雄および控訴人むめは、右稲荷町通りの商店街の一員として、同通りの照明の設置等その発展には応分の寄与もしてきた。そして、現在控訴会社が本件建物部分(二)を店舗とし、昭和四九年度の年商金一、五〇〇万円をあげ、その営業は一応順調である。

(2) 前記のように、控訴人むめは他に土地を所有し、同地上に次男晴次名義の家屋が存在するが、右土地家屋は、訴外橋本喜久が昭和三七年ころ商品の倉庫を他から借りていたところ、地主から土地の買取りを勧められて昭和三九年ころ土地を購入し、昭和四六年九月に訴外晴次が居宅兼倉庫を新築したものであつて現在右家屋の一階は控訴会社の倉庫兼車庫として使用し、二階は訴外晴次夫婦が居住している。

ところで、右家屋の所在する場所は、前記稲荷町通りと並行して南北に通ずる道路の右通りから東側に三本目の道路であるが、この道路にはバー、理容店等の店舗が数軒あるものの大半は住宅もしくは工場で占められており、夜間照明の設備も十分でなく、人通りは稲荷町通りの一〇分の一以下である。

(3) 控訴人むめは、昭和四一年に参加人が本件建物において写真材料商を開業する際、訴外勢吉郎の求めに応じてそれまで使用してきた本件建物の物置の一部を明渡し、参加人はこの部分を利用して前記現像室を造つた。

3  なお、被控訴人および参加人は、本件建物部分(一)を訴外橋本喜久雄に賃貸した際、参加人が成人して本件建物を居住もしくは営業のため使用することを見越して賃貸借の期間を一〇年と定めたから、参加人の前記自己使用の必要性は当初から予期されていた旨主張し、<証拠>の記載内容には、右賃借期間を一〇年ないし一五年と定めた事実にそう部分があるが、他方当審における証人行本勢吉郎は、同人が訴外橋本喜久雄に賃貸する際その期間を五年と申し入れたが相手方は一〇年と主張し、結局期間は定められなかつた旨供述しているところであるし、ここれまで本件建物部分(一)の賃貸借につき期間更新の手続がとられた事実を認めるに足る証拠はなく、これらの点に照らすと<証拠>記載内容は直ちに信用し難く、他に右賃貸借について期間を定めた事実を認めるに足る証拠はない。

また、被控訴人および参加人と訴外橋本喜久雄の間で本件建物部分(一)の賃貸借関係をめぐり、まず、昭和二七年ここに賃料額の対立が生じ、昭和三〇年に裁判所の調停によつて賃料額を一か月金三、五〇〇円と定められたが、昭和三一年二月に訴外勢吉郎が、賃料を一か月金二〇、〇〇〇円に増額することを申入れたところ、訴外喜久雄がこれを拒絶したため再び紛争が生じ、結局昭和三六年二月に昭和三一年三月以降の相当賃料を一か月金一五、〇〇〇円と認めてその支払を訴外喜久雄に命ずる判決がなされたこと、さらに、昭和四四年五月に訴外勢吉郎が同年六月以降の賃料を一か月金二五、〇〇〇円に増額する旨申入れたところ、控訴人むめに拒絶されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで、賃貸借は、当事者間の信頼関係に基礎をおく継続的な契約関係であるから、その間に起こる問題は当事者の互譲協調の精神によつて解決されるのが望ましいのは当然であるが、昭和三一年二月にした訴外勢吉郎の増額申入賃料額は、旧賃料の約5.7倍にも及びその後なされた判決における認容額に照らしても、右増額申入額は相当とは認められず、昭和四四年五月同訴外人のした増額申入額ものちに判断するようにそのまま相当額とは認められないのであるから、これらの賃料増額申入れを拒絶した訴外橋本喜久雄および控訴人むめが直ちに賃借人としての協調性を欠くものとはいえない。また、同人が昭和四四年六月以降の賃料を賃貸人に断りもなく数か月分一括して供託したのはさきに認定したとおりであつて、この点ではいささか同人の態度に几帳面さを欠くとの批判もあり得ようが、それも賃貸借契約関係の継続を左右する程重大なものとは認め難い。

4 以上に認定した事実によれば、本件建物部分(一)の賃貸人である訴外勢吉郎には、同訴外人の子の参加人が営む写真材料商の店舗を拡張することおよび同訴外人と参加人とその家族の居住上の不便を解消するために右建物部分を使用する必要性のあることが認められる。

しかしながら、控訴人むめも営業上右建物部分使用の必要性があり、右建物部分の存在する場所が下館市内最高の繁華街であることなど小売店にとつて極めて有利な条件を具備していることに加え、同所でこれまで約二六年間営業を継続し商店街の発展にも寄与協力してきたことによる顧客との結びつきや信用を考慮すると、控訴人むめが右建物部分を明渡すことは、同人の営業の死命を制する重大な影響を招くものと認められ、また同人の次男訴外晴次名義の前記家屋は、その立地条件が右建物部分に比較してはるかに劣り、右建物部分の代替家屋としては不適当と認められるのであつて、これらの点を比較考慮すれば、控訴人むめの右建物部分使用の必要性は前記訴外勢吉郎の自己使用の必要性をはるに上回ることが肯認されるから、被控訴人および参加人主張の右建物部分に対する賃貸借契約の解約申入れには正当事由の存在を認めることができないのみならず、控訴人むめの右建物部分使用の必要性の程度を考慮すると、立退料の支払いによつて右正当事由を補完することもできないものというべきである。

従つて、被控訴人および参加人主張の申入れによる解約の主張は採用できない。

四賃料請求について

(一)  被控訴人および参加人が、控訴人むめに対し、(1)昭和四四年五月に本件建物部分(一)の賃料を一か月金二五、〇〇〇円に増額する旨 (2)昭和四六年一一月一六日に右賃料を一か月金五〇、〇〇〇円に増額する旨、それぞれ意思表示したことは、当事者間に争いがない。

(二) そこで、右両時点における相当賃料額を検討する。

右賃料額について、鑑定人菊地英雄および同井坂雄の各鑑定の結果があるが、前者の鑑定の結果は、本件建物部分(一)の敷地の価格を鑑定基準時における下館市の固定資産評価額と同一視して、これを基礎に相当賃料額を算出するものであるところ、右評価額が土地の価格を正確に反映したものでなく応々にして時価を相当下回るものであることは顕著な事実であるから、同鑑定の結果を本件建物部分(一)の賃料算定の資料として採用することはできない。

次に、鑑定人井坂雄の鑑定の結果は、まず、本件建物部分(一)の敷地の価格を取引事例法によつて、右建物部分の価格を原価法によつてそれぞれ算定したうえ、これらを基礎に敷地および建物の賃料を積算法によつて求め、その賃料の合計額をもつて右建物部分(一)の相当賃料額を算出したものであり、その額は、昭和四四年六月一日の時点で一か月金一六、七四九円、昭和四六年一二月一日の時点で一か月金二三、〇一四円とされている。

ところで、右鑑定による賃料額は、積算法による賃料の算定額としては正当なものと認められるが、家庭の相当賃料額を算定するに当つては右方式にのみ依拠すべきではなく、賃貸当事者間の主観的、個別的事情をも総合考慮すべきである。

このような観点からみるに、本件建物部分(一)の賃料は既に昭和三一年三月から一か月金一五、〇〇〇円であつたこと前認定のとおりであつて、その後の土地、建物の価格の値上りを考慮すれば、右鑑定額はやや低過ぎるものと考えられる。

そこで、右建物部分の相当賃料額は、これまでの賃料改訂の経緯、改訂後の期間等を斟酌したうえ、昭和四四年六月一日以降昭和四六年一一月三〇日までの間につき、右鑑定による賃料額を約二割増額した一か月金二〇、〇〇〇円、昭和四六年一二月一日以降につき右鑑定による賃料額を約一割増額した一か月金二五、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(三)  そうすると、被控訴人および訴外勢吉郎がした前記各賃料増額の意思表示は右認定の賃料額の限度で効力を生じたものというべきところ、被控訴人および参加人が本訴で求める賃料は、昭和四四年六月一日から昭和四六年一一月末日までの賃料のうち既に供託もしくは弁済を受けた一か月金二〇、〇〇〇円を除く残額と、昭和四六年一二月一日から昭和四七年一二月二八日までの賃料のうち既に供託もしくは弁済を受けた一か月金二五、〇〇〇円を除く残額であるから、右認定の賃料額によれば、結局右請求にかかる賃料債権は存在せず、この点に関する被控訴人および参加人の請求も理由がないことに帰する。

五以上に認定、判断したところによれば、被控訴人および参加人の、債務不履行による契約解除もしくは申入れによる解約によつて賃貸借契約が終了したことに基づき、控訴人両名に対し本件建物部分(一)、(二)の各明渡しと損害金の支払を求める請求および賃貸借契約終了時までの賃料の支払を求める請求は、すべて理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、原判決中、右と結論を異にする部分は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(長井澄 太田昭雄 寺尾洋)

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